【コラムNo.5】麻しん(はしか)第5報 5月7日の当協会の緊急提言から4週間 流行予測の振り返りと今後の予想

前回の流行予測の振り返りと今後の予想

[前回の予測評価]
区間カバレッジ:第17〜20週すべてP10〜P90内に収まり、不確実性の幅の設定は適切でした。
累積精度:P50予測530件 vs 実測492件で誤差+7.8%。累積レベルでは比較的良好な精度でした。第17週の過小推定と第18〜20週の過大推定が打ち消し合った面もありますが、結果的に累積では近い値に収まっています。
ピーク週:予測第18週 vs 実測第17週で1週のずれでした。予測範囲(第15〜25週)内には収まっており、実用上問題のない精度です。
課題:週別P50では第17週のスパイク(実測71件 vs 予測46.8件)を捉えきれませんでした。GW前後の移動集中というような外生要因を明示的には扱っていないため、過去パターンベースの手法では原理的に難しい部分です。

解説:P10~90とは?流行予測など感染症分野での使い方
感染症の流行予測で、たとえば「今年の累積感染者数の予測」を示す際に:

  • P10 → 対策が奏功した楽観的シナリオの下限
  • P50最も可能性の高い中央値
  • P90 → 感染が長引いた悲観的シナリオの上限

として使い、「実際の値がP10〜P90の範囲に収まる確率は80%」 という形で不確実性を視覚的に伝えます。P10〜P90は「予測の幅」を確率的に示すツールで、点推定の限界を補い、意思決定者がリスクの大小を判断するための基準として広く使われています。「最良ケース・最悪ケースの極端を除いた、現実的な振れ幅」と理解してください。

[今回の予測(17-20週を追加)]
第17〜20週の実測値(71・23・19・17件)をCSVに追加し、累積492件を基点として予測を更新しました。
P50は844件から814件へ30件減少、P90は1,656件から1,345件へ311件減少したのがポイントです。第17週以降の急落を実測として取り込んだことで、上振れリスクが縮小しました。

(グラフより)
上段の棒グラフが第1〜20週の実測で、第17週(71件)がピークとなっています。第21週以降のオレンジ色の帯がP10〜P90の予測範囲で、P50(中央値)では週10〜20件台が続き、年末にかけて緩やかに収束する見通しです。
下段の累積グラフでは、青い実測線が第20週時点で492件に達しており、P50予測では年間814件(2019年の744件をやや上回る水準)、P90では最大1,345件となっています。参考として類似年(2018・2025・2011年)の推移も点線で示しています。

【今後の見通し】
現時点では第17週(71件)を暫定的なピークとみるのが自然で、減少傾向に入っています。ただし年間P50で814件という水準は依然として高く、引き続き注意が必要です。第21週以降の週別報告数が10件台を継続するかどうかが、年間規模の確定に向けた重要な確認ポイントになります。

(以上、順天堂大学大学院 健康データサイエンス研究科 水野信也教授の解析と解説)

第14週では、2019年の流行状況をGWごろには超えるのではと推測されましたが、流行拡大のスピードは抑えられています。2019年と今年の麻しん流行に対する啓発の環境の違いについて比較してみました。

【国・行政・メディアの対応】

① 情報発信の「速度」と「組織体制」が根本的に異なる

2019年当時は、流行が始まってから対応が後追いになる場面が目立ちました。対して2026年は、2月13日付けで「麻しんの国内外での報告増加に伴う注意喚起について(協力依頼)」が自治体へ発出され、さらに3月31日付けでも「定期接種対象者に対して確実に予防接種が行われるよう、未接種者への勧奨等について」の事務連絡が出されたように、流行が大きくなる前から複数回にわたって自治体への働きかけが行われています。

特筆すべきは、4月10日には、国立健康危機管理研究機構(JIHS)において、わが国における麻しんのリスク評価を実施・公表したという点です。定量的なリスクアセスメントを専門機関が公式に公表するという手法は、2019年には見られなかった対応で、コロナ禍を経て情報公開・リスクコミュニケーションの枠組みが整備されたことを示しています。

② 新機関「JIHS(国立健康危機管理研究機構)」の存在

2024年に旧国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合されてJIHSが発足しており、2026年の流行対応はこの新体制が担っています。2019年当時は旧NIIDが中心でしたが、JIHSはより迅速な情報公表・リスク評価の発出を制度的に担う体制になっています。

③ 保健所向けガイドラインの整備・更新

2026年には「保健所における麻しん対策・対応ガイドライン第三版」が発出され、改正版の発出も予定されているなど、現場レベルの対応マニュアルが2019年当時より格段に整備・更新されています。保育園・学校職員や空港職員・観光業スタッフなど職種別の注意喚起も明確化されました。

④ 記者勉強会・プレスリリースの活用とメディアの報道姿勢

2026年3月16日に「麻しんの現状と対策に関する記者勉強会」が開催され、4月24日にも同様の記者勉強会が案内されました。厚生労働省が報道機関に対して定期的に状況説明の場を設けるという手法は、2019年と比べ能動的・計画的で、メディア報道のコントロールという観点でも変化しています。

2019年当時はテレビ・新聞が麻しんの「流行中」を報じるのが中心で、SNSはまだ感染症情報の主要な伝播経路ではありませんでした。

2026年は状況が異なります。各都道府県・保健所が患者の行動歴(立ち寄り施設・交通機関の便名等)をウェブ上でリアルタイムに公表し、それをXやInstagramで拡散するというサイクルが定着しています。情報の広がり方がより速く・広くなったことで、「ワクチンを接種しようかな」という行動変容につながる人が増えた可能性があります。

一方で、SNS上のインフルエンサーによるワクチン忌避情報の拡散リスクも高まっており、これが行政が「誤情報に注意」を明記した背景にあると考えられます。

⑤ ワクチン供給問題への対応措置

2024年に一部メーカーのMRワクチンの自主回収を受け供給不足が生じたことから、令和6年度に定期接種対象期間内に接種できなかった者に対して接種対象期間を延長し、最大で令和9年3月31日まで接種可能とする措置がとられたことも2026年の対応の特徴です。ワクチン供給の問題にも制度的に対処する枠組みが2019年には存在しなかった点は重要な違いです。 JIHS

⑥ 誤情報対策の明文化

2026年3月12日の厚労省発表では「麻しん(はしか)が増加しています」という注意喚起とともに、「誤情報に注意しましょう」という呼びかけが同時に発出されました。コロナ禍でワクチン接種をめぐるSNS上の誤情報が社会問題化した反省を踏まえ、感染症対策と情報対策を一体で行う姿勢が明確になっている点は2019年との大きな違いです。 mhlw


まとめ

観点2019年2026年
リスクアセスメント公表なし(事後的な通達中心)JIHSが早期に公式発表
自治体への事前通達流行後に後追い流行前から複数回発出
保健所ガイドライン旧版第三版に更新・改正
記者勉強会散発的計画的・複数回開催
ワクチン供給対応措置なし接種期間延長の特別措置
誤情報対策言及なし「誤情報注意」を公式発表に明記
情報発信主体テレビ・新聞中心SNS・行動歴公表も組み合わせ

総じて、コロナ禍という「大きな教訓」を経て、行政の感染症対応の枠組みが根本的に底上げされたことが2026年の対応の最大の特徴です。ただし、ワクチン接種率の低下という構造問題は引き続き残っており、2024年度は流行防止に必要な95%を下回っており、低下傾向が続いていますという懸念は2019年と変わらない、あるいはむしろ深刻化している課題です。

下の上段の図は、20週までの麻しん報告数(GW後も報告数は伸び悩んでいます)

下段の図は、14週までの麻しん報告数で、今後GWに向けて、2019年の流行を超えるのではないかと予測した際の図です。





麻しん(はしか)について


麻しんは「とても感染力の強い」ウイルスです。麻しんウイルスは、空気中に漂うだけで感染するほど強力で、1人の患者から10〜20人にうつると言われています。
マスクや手洗いだけでは完全には防ぎきれず、ワクチンが唯一の確実な予防策です。

主な症状

麻しんは、単なる発疹の病気ではありません。典型的には次のように進行します。

  • 高熱(39〜40℃)・強い咳・鼻水・
    結膜炎(目の充血)・口の中にできる白い斑点(コプリック斑)
  • 数日後に全身へ広がる発疹
図:麻疹と風疹の発疹の違い
麻疹と風疹の発疹の違い(麻疹は発疹が融合し、色素沈着を残す)
麻しんが怖い本当の理由:合併症

肺炎(最も多い合併症)
・中耳炎
・脳炎(約1,000人に1人)
・死亡(先進国でも1,000〜3,000人に1人)

さらに、感染後数年してから発症する
**亜急性硬化性全脳炎(SSPE)**という極めて重い後遺症も知られています。
麻しんは「かかってはいけない病気」である理由がここにあります。

ワクチンはなぜ必要なのか

日本では 1歳と年長(小学校入学前) の2回接種が推奨されています。

  • 1回目で多くの子どもが免疫を獲得
  • 2回目で免疫を確実なものにし、流行を防ぐ「社会の盾」をつくる

麻しんワクチン(MRワクチン)は長年の実績があり、安全性が高く、効果はほぼ100%に近いことが世界中で確認されています。

いま大切なこと

海外からの人の往来が増える中、麻しんはいつでも国内に持ち込まれる可能性があります。
流行を防ぐために、そして子どもたちを守るために、

定期接種の2回を確実に受けることが最も重要です。
麻しんはワクチンで防げる病気です。
正しい知識と予防で、子どもたちの健康を守っていきましょう。